Ammuu

都市と田舎の間で、考えながら暮らしています。

袋の下から抜け出して

1月7日。東京は晴れ。風がやや暖かく感じられる朝。

今日は高校の同級生2人に会う約束をしていた。ぶらりノープランな東京巡りは、自分がもっと奥ゆかしかったならば、それから電車の乗り換えに長けていたならば、さらに楽しくなったに違いないのに、っていう風に終わった。

待ち合わせる前に、赤坂見附にお参りに行く。今日でいわゆる「初詣」の期間はおしまいで、駆け込み的に人がたくさんいた気がする。豊川稲荷に詣でるために建てられた東京の別院には、お寺の中に稲荷があるという、神仏習合の体現としてかなりわかりやすい形。

境内の中の、荼枳尼天の建物に入って行く。お堂の中には入ることができるので、お賽銭を投げて、しばらく祈祷の声を聞いていた。この後御茶ノ水に移動しなくてはならないので、あまりゆっくりはできなかったけれど、静かに目を開けたら鏡の向こうに自分が写っていた。

ここの締め付けられるような、見張られて居るような感覚は、豊川稲荷奥の院で感じたものと全く同じように思えた。自分がお堂を出た後すぐに、お供えを持った人たちが入って来たので、ちょうど良い時間、まったく一人で荼枳尼天に向かい合うことができたと信じたい。後、おみくじを引いた。

 

東京は忙しないなと思うことがあるけれど、その感想ですら飲み込まれているんだなあと思うから、そうやって暮らして行くのをやめた。ここは人が多すぎる。そんなことを考えながら板橋の方へ逃げたら、当たり前に人が暮らしていてビビった。ここが故郷の人がいて、ここが故郷ではない人がいて、それだけだった。

江戸から続いて居るこの辺りの人たちは、生まれた時から隣に家があって、畑も田んぼも持っていないんだろう。そういう暮らしが当然なのだろう。自分とは違う。池袋の人の多さもそうだ。ただの地名だけど、ここの地下は本当に、袋のように人を閉じ込めておくようなイメージ。

 

神楽坂の行きたかった場所でお酒を飲んだら、予想以外にセンチメンタルなBGMでびっくりした。ゆっくり食べることができて大満足なのだけれど、量があまり多くなくて、結局最寄り駅で親子丼を食べてしまったことは、多いに反省すべきことだ。