Ammuu

都市と田舎の間で、考えながら暮らしています。

デカすぎる介入者

1月6日。東京は晴れ。眼科を予定している以外は特に予定がない。部屋の整理や洗濯、アイロンがけ、なんてのをする。

年末ぐらいから飛蚊症がひどくなってみたいだったので眼科を受ける。土曜日の午前中とあって診察室は人でいっぱい。初診なんですけどっていうのが憚れるほどだった。

先生曰く、今の症状が重大な症状に繋がることはなりらしい。様子を見て、現状より酷くなるようだったらすぐに来て、とのこと。一安心したので、隣の吉野家で牛すき鍋定食を食べてしまった。650円也。

午後は家に帰って調べ物をした。dotplaceを開いたら、月曜社の小林さんとホホホ座の山下さん・松本さんの対談に行き着いた。

dotplace.jp

月曜社の小林さんと、ホホホ座の山下さん・松本さん。

店舗があるのと無いのとの違い。それだけではない、京都で出版をやるとなっても、東京を無視するわけにはいかないということ。

アイデンティティを問う地方誌が作れたらめちゃくちゃ面白いなと思いつく。特集のクオリティはWIRED並みを目指す。でも翻って地元那須塩原では、アイデンティティを問う前に、あらかじめ強固なルールが決まっているように思える。

というか、そういう「ルール」があるみたいに、同級生があらかた同じようなタイミングで婚約なり出産なりをしている、ように見える。人生があらかた決まっている感じ。それ以外では、外れているようになる感じ。結婚、出産、安定的な職場。

 

おいおいでもこれは、すごく身勝手な解釈をしようとしてるんじゃないだろうか。かつては鮮明だったはずの同級生の顔を、のっぺりと薄暗くして、ただのデータであるかのように扱っては、何かから逃げているような気持ちになる。

 

そういう瞬間から自由でいたくて、地元から離れている側面もあるのに、今度は東京が住めないとなるならば、やはり全く新しい土地で物事を始めたいなと思う。それで、文字通りの「本屋」を経営してくことは可能なのだろうか、という対談にも読めた。

本を作る人と売る人が同居している。

現場で、本を読む人の顔が見える。特に、最後に家に帰ってから前書きを読み出す人の顔が見えている人が、同じところに居るっていうのが強い。SHIBUYA PUBLISHING&BOOKSELLERSも同じような仕組みだろうと思う。あそこは、だから自分の理想でもあるなと気がつく。

間に人を介入させることのシステム化を取るか、熱量が減じられないルートをとるかって、本当は「ちょっと待って、その二択は正しいの?」みたいになると思うんだけど。本当は。でも、実際に取次が金融と流通を担っている役割は大きいっていうか、車みたいに当然なことだから、デカすぎてデカすぎる。

 

そういうことを考えてたら腹が減ったので、豚バラとキャベツを塩で炒め、ブロッコリーを茹でて食べました。