タフネスと毒。

丁寧な暮らしに潜む、タフネスと毒。

新しい傷

ゆらゆらと電車に揺られながら、つぎの作戦を練っている。

 

Time Asia [US] December 18 2017 (単号)

Time Asia [US] December 18 2017 (単号)

 

 

TIMEの2017年今年の顔が the silence breakersだったのはとても象徴的な気がしてる。

東京はずっと晴れているので乾燥が鋭めである。

先月のいとこの結婚式で、鍋にしようかと思ったけど独身には精神的にギリギリアウトかと改心したアロマディフューザーが届いたので、これにスウィートオレンジの香りを垂らしてる。

オレンジの香りがやや広がっていくけれど、甘さというより角が取れた香りが狙い通りな具合で大変よろしい。

昨日は久々にバスタブにお湯を張って、ここにもオイルを数的垂らして和んだりしていたんだけれども、東京にいること自体ではなく、もっと身近な問題が己の芯を食っていそうな予感がした。

今、電車の中で揺られながら省みるにそれは当たっていそうなので、また手帳にガツガツ書いて、忘れることにした。手書きするとすごくどっしりとはっきりと、見定めたいものがわかり始める。分からないから書けないのは、書いたことが無いか、少ないかどちらかで、書き始めてから書いた方が早いってことがある。

 

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WIRED最新号のアイデンティティ特集で、國分さんと熊谷さんの対談が掲載されている。その静かで熱い対談の中で、傷の話が出てくる。そのことをずっと考えている。

傷というのはかなり概念化されているから、詳しくは本誌を買って!読んで!なのだけども、ある経験を否定するなり、乗り越えるなりをするために、新しい傷の体験が要請されるという。新しい傷。

「現状に幸せではないが、かといって不満でもない」という状態のときに、傷はどこまで刺さるのだろうか。刺激的なスマホゲームが入れ替わり立ち替わりするのを、これと関連付けてみたい。

いやいや、要するに世界に目を向ける仕方を塗り替えに寄らずに俺を見ろっていう、この上ない暴力に寄ってる部分があるんじゃないのか。

あくまで可能性の話です。なんとなくダメな気がするってときに、そっと飲みにいって話を聞かせてもらうだけで良いのです。それが手遅れにならなければ。

 

今日は移動が長い…。