Ammuu

都市と田舎の間で、考えながら暮らしています。

承認する

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素知らぬ間に12月になり、あれよあれよという間に6日の夜が覆った今の時間に、私は眠たさに食われながら、電車を待っている。

 

告白すれば、ある人のことが頭から離れずにおり、そうした瞬間がいくつも重なって、次第に本人から遠ざかっていた。人のかかとが擦れていて、治るのにはしばらくかかりそうだとか、見て聞いた事柄が、印象には関係ないものみたいに、簡単に忘れられていく。

人を覚えているとはどういうことかを、偶に考える。これと言えるものは、声であり、触れることであり、匂いだ。今のところは。

これらが集まると、その人だなあと感じ入る。だから人を求めることは、これら3つの事柄が、安心されている人じゃなくちゃダメで、冒頭に書いたその人は、もちろんこれらを全て満たしている。

 

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 後は仕事自体にしか、学べる事柄が残っていないと仮定したいとする。

近眼的になる危険が怖いのだけども、事実、軽度うつの状態は常に潜んでいるし、本にスピリットが宿るのを拒んでいるみたいな振る舞いを見ると、違うだろ!と反応してしまう。具体的な発言と行動にキリがない。 

ってか前のエントリを読んでたら、そうなるわ!と再発見した。己の未熟さは理解の範囲には転がっておらず、ある瞬間に常に既に転がり込んで来るものだから、考察しようがない。

 

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という具合に怒っているけれど、ようやく怒ることが出来ている。

おかしいと思うから次に何しようと考えられるようになったのは、たぶん手書きを取り戻したからだろうなあ。果てないぶつくさを手帳なりノートなりに手書きすることの威力がすごい。速攻で効く。

承認しないのではなく、分析した結果はこうですと、見切りをつける。告げる時が来るから、準備したい。チャンスは準備してた人にしかやって来ないって、たぶん丸の内の本屋にある本の中で、1000回ぐらい言われてそうだよね!その通りだよ!!