タフネスと毒。

丁寧な暮らしに潜む、タフネスと毒。

詣でに行く

 他人の人生に入っていくことが、恐ろしい。そんな風に感じたところで、おそらく自分も多方面に影響を与えている。ある場所に居るだけで。言葉を発した途端に。歩き出した時に。視線を送る。目が合って何かを返すとかって時にも。

 

そうして干渉をし、干渉をされ。己の中にある他人の人生から「完全に」独立した主体があったとしたら、それらのどれが干渉を恐怖しているのかって話になるんだ。自分がおよそ不確定である、という事実。これを無視して話を進めようとしても、進展はあまり望めないだろう。誰が言ってるかわからない言葉がどこまでも膨らんでいく。

 

休みを取ったので、久々によくお参りに行く神社に詣でた。気持ちが静かになる。風が体を吹き抜けていく。奇妙な存在が入ってくるみたいな感じ。手を合わせてお経を一通り聞き終える。こんな時は「あらわれる」っていうんだろうけど、実際どんな感じを充てるのがベターなのだろう。よくわからない。

線香から煙を漂わせて、おみくじを引いて、頭を下げてまた坂を下る。赤坂は夕焼けに暮れており、遅めの昼ごはんを食べる。ハンバーガーだ。美味しかった。

 

会いたくない人と会う必要などない。世界が違うのだから。私はノーと言うぞ。そうでないと、常に遅れを取る。ストレスを抑える最善の方法は、おそらく会わないことだ。

それから、何かの成長を求める場合、テストのスコアを上げる以外の場合では、常に予測がつかない。あらゆる方便に通づる解は、とっくに複雑化しているのだし。

 

目の前にすごい人が座ってる。あの人の上着に、東京オリンピックを揶揄する刺繍が入ってる。東京では暮らせない。街の単位が狭すぎるし、街が街同士でくっつきすぎていて、余白がない。街から街へ移動する過程が、過剰なまでに特色を孕んでいて逃げ場がない。それがすごく窮屈だ。狭い。

 そんなこんなで休日が更けていく。明日は会社を早退して、病院に行く。予防接種もしなくちゃ。帰ったら手紙を書いたりしなくちゃならない。あの人にもまだ書いてないや。各方面に書き物をする。

 そしたら、直向きにやることをやろう。楽器も再開しよう。リハビリをしなくては。2カ月のブランクを異なるものにしなくてはならない。狭い部屋の中だけど。デザインの勉強もしなくちゃ。この学期にやることは沢山あるのだった。

 ここを抜け出して新しい空気の元、己が志したものを目指すことが最優先だ。油断なくは父親の口癖だが、日々のメンテナンスを怠らない不断の行いが肝要であるとする教えは、全く正しく機能している。