うしのあゆみ

牛に育てられた人間が、暮らしの有象無象を記します。

上野さんぽと同級生

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何もない日曜日。起きて少しだけ勉強を進める。昼ごはんを簡単に済ませて、どこかに出かける前にロング昼寝。最高だ。これぞ日曜日。エアコンの駆動音だけが窓の外で聞こえるだけの、静かな日曜日。

・・・だけだと息が詰まりそうになる。それに昨日の夢の中で、同級生のYが、全く寡黙なYが、お笑いライブに挑戦するというのだから、無性にYに会いたくてたまらなかったし、もとい、中学生の同級生に会いたくてたまらなかった。まったく偶然である「故郷が一緒」であるだけの友人。

 

そんなこんなで、まったく偶然である(以下略)が住んでいるという練馬に遊びに行き、これまたまったくの偶然で「あ!◯◯じゃん!」とばったり、そのまま近くの居酒屋でハイボールを注文。

なんてことにはならないな、とたやすく現実に帰るのは暑さのせいだ。こうなったら、涼しいところに行ってやれってことで、最近twitterで話題になっていた、上野国立博物館の特別展にいくことにした。

 

滝のように汗を流してチケットを買い、中に入って癒された。松の香りがほんのりと立ち込めるブース内をくぐったら、まったくハイセンスなインスタレーションが、過去の屏風絵を、まさにこの瞬間に蘇らせていて、びびった。

過去が巻きもどらないとか、現在がどうとかではなく、連続的でどこで区切るのが適切なのかというより、まさにこの場でやり通すことを目的に「過去」「現在」などと、指示内容が曖昧だけどなんとなく伝わる言葉が生み出された。

みたいなことが一切合切ぶっ飛ぶインスタレーションだった。公園内の樹木に日差しを遮ってもらい、黒田清輝などを観て、今日は終わった。

 

ワークアウトをし、ヨガをやって、歌を歌い、楽器を吹く。イーサン・ホークが監督の『シーモアさんの大人のための人生入門』では、しきりに「技」の必要性を説いていた。音楽的な主体と、日常生活における主体が一致するためには、技を磨かなくてはならない。

そう思って、無心になってロングローンをして、アルペジオの練習をした。これを毎日、ずっと続けていく。そうすることで何が見えるのか。劇中で、シーモアさんは「青空を掴む」と言ってたっけ。ちんぷんかんぷんに聞こえるのは、自分がそこに到達していないからに他ならず、確かに、シーモアさんは青空を掴んでいるに違いない。

 

それにしても中学の同級生が好きだよな。知らないことが多いまま、3年はあっという間にすぎたし、あの頃は時間が長かった。新しく覚えることはたくさんあったし、嫌いな野球の練習に耐えたあと、たべりながらセブンイレブンとかに行くのは好きだった。

あっという間に時間がすぎて、大学生になったけれど、時間の経過があまりに重たくなったので、今からちょうど10年前ぐらいの記憶を手繰り寄せるのに、たとえばYとかの存在が必要になる。面前に現れてもらう必要が。

お盆休みは、実家に帰る。誰かに会えるといいけどな。

 

***8/6に取り組んだこと***

・大学の勉強(ロマン主義の音楽)

・ワークアウト:腹筋プログラム

国立博物館で「びょうぶで遊ぶ」展を観た。

トロンボーンの練習

・読書(町田康『ホサナ』モーリス・ブランショ『終わりなき対話 I』)

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