A slow walking cow.

牛に育てられた人間の有象やら無象やら




「己の動機をリカバリする」フェア

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将来に対する息詰まりを解消するべく、家の本棚の中を眺め返す。部屋のほとんどの割合を占める本棚は、いつも生活を見つめているはずで、かつて出版に対してどんなことを考えていたかを知るには、ここをもう一度掘り返す必要があったのだった。気づくのが遅かったな。

何を選んだか、ここに書いておくぞ。残しておかないと忘れてしまうから。

 

「己の動機をリカバリする」フェア

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  1. 『うしろめたさの人類学』(松村圭一郎, ミシマ社, 2017年)
  2. 『あなたの知らない脳』(ディヴィッド・イーグルマン 著 大田直子 訳, 早川書房, 2016年)
  3. 『大衆の反逆』(ホセ・オルテガ・イ・ガセット 著 桑名一 訳, 白水社, 2009年)
  4. 『オール・アバウト・ラブ 愛をめぐる13の試論』(ベル・フックス 著 宮本敬子、大塚由美子 訳, 春秋社, 2016年)
  5. 『本迷宮 本を巡る不思議な物語』(眉村 卓 間宮緑 皆川博子 北村薫 倉阪鬼一郎 松野志保 篠田真由美 酉島伝法 多和田葉子 諏訪哲史, 日本図書設計家協会, 2016年)
  6. 井田真木子 著者選集 第2集』(井田真木子, 里山社, 2015年)
  7. 『発光』(坂口恭平, 東京書籍, 2017年)
  8. 中島みゆき 全歌集 2004-2015』(中島みゆき, 朝日新聞出版, 2015年)
  9. 『友達リクエストの返事がこない午後』(小田島隆, 太田出版, 2015年)
  10. 『家族最後の日』(植本一子, 太田出版, 2017年)
  11. 『歩くはやさで』(松本巖 文, 堺直子絵, 小さい書房, 2015年)
  12. 『逆光』(尾原 史和, ミシマ社, 2011年)
  13. 『橋を渡る』(吉田修一, 文藝春秋, 2016年)
  14. 『“ひとり出版社”という働きかた』(西山雅子, 河出書房新社, 2015年)

 

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書店注文

電話で在庫照会!(書名・著者・版元を伝えよう)在庫があれば取り置き交渉、書店に在庫がなくとも、版元に在庫があれば1週間ぐらいで本屋さんに取り寄せが可能(なはず)。気長に待とう。

 

書き手がよく利用する本屋

TEL 03-3291-5181 (代表)

www.tokyodo-web.co.jp

 

TEL: 03‐6884‐2894

www.title-books.com

 

  • かもめブックス(神楽坂)

TEL:03-5228-5490

kamomebooks.jp

 

  • H.A.Bookstore

TEL:お問い合わせ - H.A.Bookstore-本屋/取次/出版

www.habookstore.com

 

古本屋さんとなるとまた話は別だけれど、新刊書店の以上で問い合わせる。本が出たら買いに行く。

 

何を読んだかっていうのを、どこで買ったかまでを含めて覚えておくことはできるし、いや、それは忘れがたいものとして残っているという発見によってなのだろうな。本をどこで買ったかを覚えさせるほど、本屋としての魅力があるのなら、それはすごいことだから、ぜひまたその本屋さんで買ってね!

てなわけで以上を読む。これから誕生日の友人に手紙を書いて出す。明日は、まったくお師匠さんのような人の音楽に浸りに行く。自分ではなく、己であることをリカバリするような、深い体験をどう体験したのかについて、読書の記憶なんざそう簡単に消えるものではないと言わしめる選書になっている気がする。

まあ、個人的なやつだから、誰しもに当てはまるなんていうのではないのだけど。それに、その人が自己同定するに至る体験なぞ、別に本でなくてもいいと思う。

 

けども、やっぱり本にしかできないことがあるのだとしたら、それは旅本しかり、ノンフィクションしかり、ここではない場所のこと、場所に行くことを教えてくれることじゃないのかと、考える。

内容を伝達するならそれは電子メディアと違わないが、やつら単一のデバイスで、文字を読むこと以外ができてしまうのがダメだ。旅行に出かけようとしているのに、隣町のニュースがプッシュされるスマホではいけない。そうではなく、厳密に限定化された体験が必要だ。それが読書。それ以外は考えられないし、読書中は考えるべきではない。

ここではない現実を体験することがより重要なのは、理屈ではなく、緩慢とした表情になってる電車の人々を見たら明らかだ。

本を読むことが長けていることと言ったら、ここではない別の現実、ないし認識に別のレイヤーを重ねてより鮮明に見せたりする仕方に、ひとまずは他の選択肢が介入しないような状態でできる!ってことだろうな。

(どの本を読むかの選択はできるけれど、読み始めたらその本には、隣の本の情報はたいがい載っていない。隣にある本からの引用箇所だって、それは著者が引いたものだから「そのものではない」。)

 

別の場所を用意できること。本にできることもこれだが、それを厳密にやってのけるのが本だろう。誰もがスマホを片手に持てる時代、常に何かがプッシュされているようでは、簡単に現実から逃避できないわけなので、本当に現実から逃げたいのなら、本で没入したらいいんじゃない?と思うので、これは若干の提案。もちろんスマホも持っているけれど。完全に脱色できないけど。間を縫っていけばいいのだから、別にスマホは捨てないんだけど。なので、プッシュはたまに無視します。

己はそうしてきたので、こうして「そうしてきた」ことの経過にあった本を、これから読み返すんだな。