牛の歩み

のそりのそり、牛に育てられた人の痕跡を残す

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救い

宇都宮線が北へ走っているが、今回はいつもの駅では降りない。小さい頃、自分を乳母車に乗せて散歩していた祖母を見舞いに来た。

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夏の気配とかではなく既に夏になっていて、梅雨入りを宣告した気象庁の人間にも個人的に、早かったなあと悔いていて欲しい天気だ。緑がどんどん過ぎていく。

 

祖母はたぶん長くはないのだが、それを悟られるようなことがあってはならないなあと思いつつ、でもどんな顔をして良いかわからずに、新幹線の中で泣いた。

ずっと一緒に住んでいた人が、本当に死を覚悟している場面とはなんだろう。生まれて初めて、死がとても近いところにあって、何も手につけられない。視界も薄く濁るときがあるし、すれ違う人たちが無機的に見える。

 

こういう時、本に救われようとする人たちがいて、傲慢だなと思いながらも、全く関係のない話題の、たとえば超弦理論とか、英語教育の本とかを読んで、結局はそれに救いを求めている己は、なんだよと思う。より重要なのは、いかに気をそらしながら、そらした先に重みが持てるかで、それはたぶん自分の場合は、以上のようなおよそ知らなくても生きていける物事に向かう。なんてことを考えながら、傲慢と対になってる何かの対決を乗り越えようとする。

 

栃木はすごく晴れてる。電車の音がとても近くて、乗客たちはとても遠い感じがする。次は、蒲須坂。